「いや〜まさかあんなことになるなんて思いもしなかったよ〜」 俺たちは再び石畳の城下町を歩いていた。 「そうだな。アーネスカのおかげだな、あいつがいてくれなかったら、今頃お前どうなってたことか」 「そうだね〜。レイちゃんトイレ行ってたもんね〜」 その言い方は嫌味か? そしてなんでジト目で俺を見るんだ? 「トイレから現れる正義の味方……なんかヤだな……」 「どこから現れても正義の味方は正義の味方だろ?」 「だって、レイちゃんってばトイレのことあんなに熱弁しちゃってさ! しかも最後のあたり、トイレは友達って言おうとしてなかった!?」 「よくわかったな」 火乃木は呆れるような遠くを見るような微妙な目をしながら続けた。 「少しは否定してよ〜。恥ずかしいじゃないのさ〜」 「まあ、そんなに気にするなって。勢いで出ちゃったんだからさ」 「ボク……なんでこの人と旅してるんだろう……」 「お前……そこまで言うか……」 流石にちょっぴり傷つくよ? 「まあいいや。それよりさ」 切り替え早いな。まあいいや。そのほうが好都合だし。 「占いの館いこ!」 あれ? 占いの館は友達が新しくできるかどうかを占ってもらうために行くんじゃなかったっけ? だったらもう十分だと思うんだが……。 「さっきアーネスカって言う友達が出来ただろ? もう十分なんじゃないのか?」 「どうせならもっと欲しいじゃない!」 あ、そう……。 「けど、場所知ってるのか? ルーセリアで占いやってるところなんて俺知らないぞ」 「大丈夫だよ。昨日地図見て調べておいたから」 「行動早いな」 「だって今日は占いの館に行って占ってもらうために町に出たんだから」 「最初から占いが目的で俺と一緒に買い物に付き合っていたと。そういうわけですか」 「そうだよ」 まあ、それなら付き合ってもいいか。そういう目的で火乃木が行動していたんならそれに応えてやらないとな。 「まあ、断る理由はないわな。ただし、占い代はお前の財布から出してくれよ」 「うん。いいよ」 で、占いの館の前。 館と言っても大きさはそこいらの店となんら変わらない。 店の中には占いを行うであろう人物が一人。そして得体の知れない占いグッズが所狭しと並べられている。 また店には窓と言うものはなく、全体的に暗い。魔術で作られた光で店内を照らしているのだろうが、全体的には暗い。 正直占いを信じていない俺からすれば怪しさ大爆発極まりないのだが、信じてる者にとってはいい雰囲気になっているのかもしれない。 「いらっしゃいませ」 そう言ってきたのは一般的なイメージのような老婆の声ではなく、そこそこに若い女の声だった。 へえ、今の時代の占い師は老婆がやってるわけではないのな。 いや、俺が勝手にそういうもんだと思い込んでただけなのか? その占い師の手前にはお決まりと言うかなんと言うか、大きな水晶がある。 俺と火乃木は占い師のところまで歩いていく。 「あの、占って欲しいことがあるんですけど」 ここに来た時点で占ってもらいにきたようなもんなんだからそんなこと言う必要ないと思うが……? 「はい、1回銀貨5枚になります」 「え〜っと」 火乃木は自分の財布を開けて銀貨を10枚取り出す。 「2回お願いします」 「かしこまりました。何を占いますか?」 「え〜っとね……ボク達旅をしていて、今回このルーセリアによったんです。それで、ボクに友達が出来ないかなって思って、それを占ってもらおうかと思いました」 「かしこまりました。少々お待ち下さい」 占い師は水晶に両手をかざしてその両手で水晶全体を舐めまわすように動かす。 しばらくしてから占い師の動きがとまった。 「見えます。あなたの未来……」 ……あ、怪しい……ベラボーに怪しいぞ……。そう感じるのは俺だけなのか? 「あなたはこの街で3人の友人を作ることが出来るでしょう」 「ほ、本当!?」 占い師の言葉に火乃木は心底嬉しそうに言った。 「間違いありません。どうか自信を持って未来を見つめてください」 「は、はい!」 まあ、火乃木が喜んでいるならそれでいいか。 「続いては何を占いますか?」 「え〜っとね……はっ……!」 火乃木は何かに気がついたかのように俺に向かって両手を合わせる。 「お願いレイちゃん。少し離れてて」 「え? いやいいけど……」 俺に聞かれちゃまずいことなのか? 火乃木は俺に聞こえないように占い師に自分の要望を伝える。すると火乃木は俺に向かって……。 「レイちゃんやっぱりきて!」 火乃木……何をしたいんだ? 俺は再び火乃木の隣に並ぶ。 占い師はマジマジと俺の顔と火乃木の顔を見比べたり、俺と火乃木の手相を見たりしている。 何が行われているのか俺にはさっぱりだ。 「見えました……あなたと彼との……」 「わーわーわー! レイちゃん離れて!」 「おわっ!」 火乃木は俺を突き飛ばすようにその場から離した。 なんなんだよ一体……? 火乃木と占い師の間でなにやら会話が交わされている。 「ほんとですか!?」 「ええ、ほんとです。間違いありません」 「やったー!」 なにやら相当にいい結果が出たらしい。火乃木の笑顔からそれが見て取れる。 「じゃあ、ありがとうござました!」 どうやら終わったらしい。俺と火乃木は占いの館を後にした。 その日の夜。 ルーセリアの城下町の外にある小さな宿。 俺と火乃木はその宿屋で寝泊りしていた。 当然ながら部屋は別々だ。ええ、当然ですともやましいことなんぞ何1つしてはいませんとも。 で、俺は今食事も終わり、風呂もすませて、自室で外を眺めていた。 空には星が輝いている。夜空とはなぜこうも美しいものだろうか。そんなことを考えていると、俺の部屋の扉をノックする音が聞こえた。 「は〜い」 「あ、レイちゃん。ボクだけど」 「開いてるぞ。入んな」 扉がゆっくりと開き火乃木が姿を現した。 短パンに黒のノースリーブというちょっと際どい格好だ。そのノースリーブの背中は大きく開いていて背中が丸見えなのがさらに際どいんだがな。 「どした?」 「うん、ちょっとお話でもしようかなって思って」 「お前と話すことなどない」 「そーゆーこといわないでよぅ〜」 「冗談だ冗談」 まあ俺が冗談でこういうことを言っているのは火乃木自身理解しているのでリアクションもそこそこに火乃木は俺のベッドに腰かけ、軽い雑談を始める。 「なんか今日は色々あったような気がするよ」 「そうだな〜。武器屋で結局武器買えなかったり、昼飯時には怖いウェイトレスに怒鳴られたり、火乃木は変なおっさんに襲われるし……」 「でもそれをアーネスカが助けてくれて、最後には占いの館にも行ったよね」 「おい、俺だって助けたんですけど……」 「トイレから颯爽と現れてね」 それは皮肉ですか? 火乃木君? 「もうトイレのことは忘れろ」 「イヤ。ネタになるから」 笑顔で言うなよそういうこと。 「日記にでも書いたってことか」 「そうだよ」 「毎日毎日よく日記なんかつけるよな〜」 「えへへ〜。欠かしたことないのが自慢なんだよ」 胸を張って言う。本人の言うとおり自慢できる数少ないことなのだろう。 「日記で思い出したけど、お前今まで書き溜めた日記はどうしたんだ? 捨てたわけではないんだろう?」 「ちゃんと保存してるよ。今は文字情報だけを保存できるアミュレットがあってそれに日記の内容だけ写しこむの。そしたら日記帳そのものはまた白紙のノートになるから繰り返し使ってるんだ」 「へ〜便利だね〜」 「ほんとだね〜。魔術に関する技術はこのルーセリアが一番発達してるって言うし、魔術の道具とかアイテムとかも結構たくさん手に入るんじゃないかな?」 「まあ、俺は魔術なんてほとんど使わないからいいんだけどな」 「それもそうだね」 そこまで話が進んだところで気になっていたことを火乃木にたずねることにした。 「今日占いの館で一体何を占ってもらったんだ?」 「え? ……それは」 火乃木はいいにくそうに表情を変えた。後ろめたいことがあるような、それとも照れているのかはよくわからないがおそらく照れているんだろう。 「減るもんでもないし、教えてくれよ」 「は、恥ずかしいからだめだよぅ」 「言っちまえば楽になれるずぇ〜」 「もう! ダメったらダメ! これだけは恥ずかしくて絶対に言えない!」 「あ、そ、そう……」 ここまで強く反発されたら聞けないな……。気になるけどこの辺にしておくか。 「じゃあ、ボクはこの辺で。もう寝るから」 「ああ、お休み」 「……レイちゃん」 扉を開ける前に火乃木は振り返った。 「今日は、ありがとう……」 少し照れているのか、頬がほんのりと赤いのがわかった。今日あの悪漢を倒したことなのだろう。 「気にするなよ」 「うん……。でもありがとう」 「お休み」 「うん……お休み」 最後にそれだけ言い残して火乃木は部屋から出て行った。 「レイちゃん! 朝だよ! 起きて!」 …………。 「レイちゃん! 今日はお仕事探しに行くんでしょ! こんなに晴れてるんだから、早く起きないと損だよ!」 誰かが俺の体をゆさゆさとゆする。 「んあ〜……火乃木〜もう少し寝かせてくれ〜……」 「ダ・メ・ダ・ヨ! もう朝ごはんだって準備されてるんだから、起きなきゃレイちゃんの朝食もボクが食べちゃうよ!」 それは困る。とりあえず俺は起きた。 火乃木はベッドから一歩引いて。 「おはよう。レイちゃん」 「ああ、おはよう……」 「じゃあ、ボク先に食堂に行ってるね。2度寝しちゃだめだよ」 「わかってるわかってる」 今時間は何時だろう? そう思い俺は壁掛け時計を見た。7時……まあ平均的かつ健康的な時間帯だ。 俺は服を着替えて食堂へ向かう。 顔を洗うのは……まあ食後でいいだろう。 食堂では火乃木が自分で食事する席を確保して俺を待っていた。 食堂とは言っても、縦長のテーブルと椅子がいくつか置いてあって、料理はその日に宿に泊まっている人数分だけあらかじめ用意されている。 食事の時間は7時〜9時までと決められている。そして今この場にいる人間は俺と火乃木の2人だけ、つまり一番最初に食事をすることになるわけだ。 俺は火乃木の隣に座る。 「朝ごはんの時間。まだ始まったばかりだから流石に他の人いないね」 「まあこれから降りてくるだろう」 俺と火乃木は両手を合わせて……。 『いただきます』 と言って朝食に手をつけ始めた。 俺は最初にドレッシングとかが一切かかっていない野菜サラダに手をつける。 「レイちゃん。ドレッシングくらいかけようよ〜」 「俺は素材の味をそのまま堪能するタイプなのだ。そういうお前も十分味がついているベーコンエッグにトマトケチャップをそんなに大量にかけるのはやめたほうがいいと思うぞ」 俺は野菜サラダの味を堪能しながら指摘した。火乃木のベーコンエッグが乗せられた皿の上には既にケチャップと言う名の山が出来ていた。 かけすぎだ、かけすぎ! このままでは火乃木の味覚がおかしくなりかねない。いや既におかしいのか? 「いいじゃない。ボクはケチャップの味好きなんだから」 「じゃあ、俺だって素材の味が好きなんだから別にいいよな?」 口の中に入っている野菜をのどに流し込む。 「うっ……確かに……」 「と言うわけでお前の意見は却下な」 「う〜ドレッシングかけたほうが絶対美味しいのに……」 ここは俺の教育的指導によって火乃木の味覚を正さねばなるまい。そこで俺は……。 「隙あり!」 火乃木の皿からパンを強奪した。 「ああ!? ボクの食パン取らないでよ!」 俺は火乃木の言葉を無視してパンにかじりつく。 「あああああああああ!!」 「う〜むさすが手作りのパン……美味いな……」 「な、何するのさ〜! 主食無しでベーコンエッグなんか食べられないよ〜!」 「安心しろ、お前の味覚なら主食無しでもいけるさ」 「んにゃろ〜う! だったらこっちだってぇ!」 ぬあ!? 火乃木の奴。今度はこっちからパンを持っていきやがった。これじゃあ奪った意味ねえ! しかもパンを口に放り込んで続けざまにケチャップまみれになったベーコンエッグを口に入れた。 「ふぉれれひゃららはられ!」 「口に物入れてしゃべるな! 何言ってるかまったくわからん!」 火乃木は口の中に入れたものを大急ぎで噛み砕き、飲み込む。 「これでチャラだからね!」 「はいはい。……なんて俺が大人しく従うわけないだろう!」 俺は性懲りもなく(といってしまう自分が情けない)火乃木のいまだにドレッシング一滴もかかっていない皿に手を伸ばす。 「ああ!? ボクのサラダァ!」 火乃木の抗議を無視して俺はそのサラダをひと口、フォークで口に運ぼうとした。 そのときだった……。 「食べ物の恨みは恐ろしいんだぞパーンチ!!」 などというセンスのかけらもない攻撃技によって止められた。 「は、鼻が……鼻が曲がるー!」 それくらい痛い! 「自分のを食べなさい!」 「ちくしょー!」 何故だ!? 何故保護者の俺がこんな目に〜! 『ごちそうさまでした』 波乱はあったものの、どうにか無事(?)朝食を終え、俺と火乃木は自分達の食べた食器をカウンターに持っていく。 火乃木は今も俺を睨んでいる。 気持ちはわからんでもない。自分の食い物を他人に取られることの痛み(?)と言うものは、えてして恐ろしいものだ。 しかし、火乃木。これはお前のことを考えてのことなんだぞ? お前の味覚が正常になることを願って俺は……ってだったら最初から本当のことを言えば言いだけのことだったんだろうけどな。 けどな、六年も一緒にいるといまさらマジになってお前のことを見るのは気恥ずかしいというか、なんと言うか……。 「じゃあ、レイちゃん……ボク持ってくものだけ整理して、外で待ってるから……」 カウンターに自分が食べた食器を戻しながら火乃木はそう言った。 声に怒気がこもっているのがイヤでもわかる。 まあ、こんなことはいつものことだら気にしないでおこう。ウン。そのほうがいいや。 火乃木に続いて俺もカウンターに自分が使った食器を戻し、部屋に戻る。 持っていくものはまあ、財布と剣とあと道具をいくつか……。剣はもうボロボロなんでなるべく早く交換に出したいところだ。 後は顔を洗って、歯を磨いてと……。 ……よし! 持ち物よし! 洗顔、歯磨き良し! 服装良し! 俺は自分で納得しながら火乃木の待つ、宿屋の前に向かった。 火乃木の表情はさっきよりは柔らかくなっていた。まあいつまでも同じことで根に持つような奴じゃない。火乃木本人だっていつまでも同じことを根に持っていても何にもならないことを理解している。と思いたい。 そして、そんな火乃木の腰には魔術師の杖があった。 魔術は基本的に魔術師の杖に魔力を流し込んで呪文を唱え、解き放つ、というプロセスを踏んで発動する。だから魔術師の杖のない魔術師は魔術の知識だけを持ったただの人間でしかない。 もっとも厳密に言えば、魔術を流し込む媒体となるものであれば杖の形をしている必要はない。ただ、杖の形をしているものを媒体とする場合、多くの種類の魔術を使うことができる。だから、魔術を使う上で魔術師の杖はもっともポピュラーであると言える。 昨日はただの買い物だけだったから用意してはいなかったが、今回は仕事を行うわけだからな。魔術師の杖だって商売道具になる。その辺りは火乃木も理解しているのだろう。 「待たせたな」 「そんなに待ってないよ。最初はどこにいくの?」 「魔術師ギルドだ。仕事を探しにいかなければな」 「ねえ、レイちゃん! お仕事が終わったら、エルマ神殿に行っていい?」 なんで火乃木がエルマ神殿に行きたがるんだろう? なんて一瞬思ったが、昨日のことを思い出し、すぐにその考えを改めた。 昨日出会ったアーネスカとか言う女。自分から友達になってくれと宣言した女に火乃木はもう一度会いたいと思っているのだろう。 火乃木にとって友達が出来るって言うのは結構事件だからな。断る理由なんてない。 「ああ、かまわない」 「ありがとう!」 笑顔で礼を言われるようなことでもないんだがな。 「だがまずは仕事の方が優先だ。金がなければ剣も買えん、飯も食えん」 「だね」 「さ〜ってっと隣町に行かなきゃ実行できないような仕事はあるかな〜っと……」 「れ、レイちゃんひどい〜!」 隣町なんて言ってたら何日もかかるからな。そうすぐにはエルマ神殿に行くことなど出来まい。 まあ、そんなくだらない会話を繰り返しながら俺と火乃木はルーセリアの魔術師ギルドへ向かった。 |
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